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艶撫亮~embryo~
艶撫亮~embryo~
Author: 松井健太朗│纏美神化主義の祖

第一章 赤茶色の赤子死体。私の前で目覚める

last update publish date: 2025-12-23 11:35:21

   ♢ 唯織

外廊下の照明が明滅しそろそろ寿命だと主張している。

一匹の赤茶色の蛾が羽ばたき、カサカサと寂し気な音を立てる。

二十一時、

帰宅すると自宅のドアノブに見たことない大き目のデパートの紙袋が提げてあった。

袋は中に入っている物によってこんもりとし、

表面に皺を作っている。

黒の油性ペンで「本間唯織様へ」と書いてある。

同居人の亮宛でなく私宛のようだ。

部屋の中で内容物を確認してみようと手に取ると異様に重量があった。

重みが余計に正体不明な物体に不気味さを与える。

自室の椅子に腰かけて中を確認すると黒いゴミ袋が何かを包んでいた。

ゴミ袋に覆われた謎の物体に恐る恐る手を伸ばすと、

ニュッと指が何の抵抗もなく食い込んだ。

個体と液体の中間のようで気持ち悪く急いで手を離した。

大きなヒルに触れたみたいだ。

不愉快な気分と同時に、

何が入っているのかと好奇心も沸く。

不快感と不安と興奮による体温の上昇から汗を首筋に流す。

一度呼吸を整えて慎重に紙袋からゴミ袋を取り出す。

黒いゴミ袋の中にも黒のゴミ袋が見え、

中の物体は何重にも包まれていた。

袋を外すたびに甘さと酸を含んだ粘性の強い刺激臭が漏れ出た。

焦燥と恐怖が鳥肌になって二の腕に現れる。何かが腐っている臭いだ。

一つの最悪な可能性が頭に浮かぶ。

まさかそんな訳ないだろうと悪い予想を否定しながら袋を外していく。

一枚外すごとに鼓動は早まる。

遂に最後の一枚になった。

途中我慢できなくなり、

マスクを三重に装着した。

激しく震える手で袋の口を慎重に開け中を覗き込む。

思わず声が出た。

何匹もの黒くて小さなハエが袋から飛び出て来た。

茶色くテラテラした謎の液体が揺れる。

液体を正体不明な固体がまとわりつかせる。

目の神経までも蹂躙するような強靭な腐敗臭に苦しみながら瞼を開き、

固体の正体を確かめる。

袋の底を手で持ち上げて塊を詳察する。

塊の表面は赤い葉脈のような線が浮かび、

全体は青紫色の草臥れた茄子みたいな色。

表面を覆うオブラートと羊皮紙の中間みたいな薄茶色のゼリー状の膜が剥がれ落ち、

茶色い液が流れる。

何匹もの蛆と交るように、

塊から細くて小さい骨が突出しているのを発見した。

驚嘆が喉の奥に引っかかって息ができない。

私の抱いていた最悪な予想が当たった。

どう見ても塊は人間の腐乱死体だ。

大きさから考えると生まれたての赤ん坊が妥当だ。

全身に悪寒が走る。

鼓動がますます激しくなり耳の中でゾッゾッと暗い音を立てる。

体の震えが止まらない。

現実を拒絶したい気持ちと受け入れて耐えようとする自尊心が衝突する。

なぜ私の自宅に赤ん坊の死骸など放置されたのか。

産科の看護師として働いているので、

何かの因果がある気がする。

何かしただろうか。

腐敗臭と飛び交うハエに我慢できなくなり、

物体を何枚もの袋で包み直す。

虫や死体と一緒の空間に居るのも気分悪く、

足をふらつかせながらベランダに出た。

六月の湿気の多い空気の中、

滲むように光る住宅の窓が目に染みる。

手で目元を拭うと無意識に涙が流れていた。

なるべくショックを受けないようにと自己暗示をかけていたが体は正直だった。

しばらく涙が止まらずベランダで蹲っていた。

何でせっかく生まれてきてくれた赤ん坊が、

こんな悲惨な姿で死なないといけないのか。

誰かに殺されたに違いない。

犯人を絶対に許さない。

この事件を一人では抱えられず、

誰かに話して少しでも楽になりたかった。

ようやく涙が落ち着いたのでスマホで宮田さんに電話をかけた。

「宮田さん、

今お時間良いですか。

ちょっと事件がありまして」

私よりも三つ歳上で二十八歳の先輩ナース宮田さんは、

いつも冷静で仕事ができて頼れる女性だ。

温い風が吹いて冷や汗をかいた額を乾かす。

声が震えていたようで宮田さんから落ち着いて話すように言われる。

「実は今、

うちの玄関のドアノブに赤ちゃんの腐乱死体を放置されたのです」

帰宅から今までの状況を説明すると余計に異常さが客観的に理解できた。

「警察には連絡したのですか」

動転しすぎて警察に連絡する必要を忘れていた。

「まだです」

「とりあえず警察に連絡してください。今から私も本間さんの家に行くから」

通話を切ると一抹の安心感からその場で座り込んだ。

やはり宮田さんは頼りになる。

同居している亮とは大違いだ。

亮は売れない歌手で恐らく今もスタジオにいるはずだ。

学生の時同じ教室で過ごしていた頃からいつもオドオドし、

何か役に立つとは思えないが同じ恐怖を感じずに呑気に過ごしている現実に腹が立つ。

警察や宮田さんを待つ間、

ベランダで温い風に当たっていると少し冷静さを取り戻した。

誰が犯人なのか。

考えていると一人心当たりのある人物がいた。

──山本優香。

つい二ヶ月前に見た彼女の我が子に向ける敵意に満ちた赤黒い視線は記憶にこびり付いている。

だが、

子供への愛情のなさだけではなく、

看護師である私の家にわざわざ放棄する恨みの源は何か。

ふらふらと立ち上がり、

ベランダの手すりに両腕を乗せて目を瞑る。

嫌に静かでジメジメした夜だ。

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